ボストンでほんとにあった話

僕が通った大学はボストンの中心部にあった。

大学周辺のアパートの家賃は高いので、中心部から少し離れた地下鉄や自転車で片道30分程で通えるエリアにルームメートとアパートをシェアして暮らしていた。

Allstonという学生がたくさん住んでいる地域で、家の近くにMr. Musicという楽器屋さんがあって、休みの日はそこにルームメートと入り浸るのも楽しみのひとつだった。

引っ越し

大学生生活が2年くらいたち、授業以外の音楽のことが忙しくなってきて夜遅くなることが多くなったこともあって、知りあいの紹介で大学のすぐそばだけどすごく家賃の安いアパートに引っ越した。

中国人家族がオーナーの4階建てのタウンハウス。2階にその家族が住んでいた。たしかアジア人の男子学生しか入居できないみたいな決まりがあったはず。噂ではそのアパートには住んでいないはずの(もしくは亡くなった)おじいちゃんと小さい女の子の姿を廊下で見たなんて話をちらっと聞いたことがあったが「まぁ大丈夫だろう」と思いながらすごしていた。なによりも家賃が安かった。

少しづついろんなことが起き始めた

そのアパートに住み始めてしばらくたったある日、共感覚が強い友達とうちでご飯でも食べよう。友人がアパートの入口を見るなり「ここ入れない。」

そのころあまり体調がよくなかった。朝から晩までっていうか朝から朝までなんかやってた。
生活習慣は健康とはほど遠い生活をしていたから、体調を何度か崩したりもしたのもその時期だった。からアパートが関係しているとも言い切れない。

霊を逃さないお札。友人にエアコンを売ったことがあって、台湾出身。中国の文化もわかるから、あとであれは家に霊を外に逃がさないようにするためのお札だよって聞いた。

「いま誰かと一緒にいるの?」母からの電話

重い遠出しようとすると同じことが起きた
・モントリオールに行くとき
・日本に行くとき ハナ
・引っ越しのとき

学校のクラスのアンサンブルバンドがモントリオールのレゲエフェスティバルに出ることになって、わくわくしてた。
クラスで楽しみなはずなのに、前の晩に支度をしようとするんだけど、うまく支度ができなかった。
朝、アラームをかけたはずだったけど
電話は何度も何度も鳴っていた。
ひどい恰好で出かけたのを覚えてる。

それから

そのアパートの次に引っ越した家がすごく楽しくてそれまで慣れないアメリカの生活とかでなんかぎこちなかった感じがそのことから楽しい方向に向かって行ったなって振り返ると思う。

それから大学も卒業し、このアパートのこともほとんど忘れていた。

札幌の実家に帰ってたとき、母親がふとあの時住んでいたボストンのアパートの話を始めた。

母「ボストンで学校の近くで家賃が安くて住んでたアパートから電話してきたことあったでしょ?覚えてる?」
のり「うん。」
母「そこのアパートに住んでいるとき周りに誰かいるか何度か聞いたでしょ?ほんとうに誰もいなかった?」
のり「うん。いなかった。」
母「あのとき後ろで気味のわるーい女の子があなたの周りでキャッキャキャッキャ笑ってたの。」

本当になにが起きたのかはわからないけど

母親はそこに小さい子見えたことがある家とかは知らない。

もしかしたら、「おじいちゃんと女の子」の女の子が僕に懐いていて遠くに行くのを行かないでって止めていたのかもしれない。

たまたま、その体験をしたとき僕が疲れていただけかもしれない。

テレホンカードを使うのと国際電話でかけるのでは違ったけど、電話の回線があまりよくなかったのかとも思うけど。ほんわからない。

本当はなんだったのかわからないけど、たまに話のネタにしています。